どこまでも歩く

にっし~が好き勝手に書く雑記ブログです

猫を見て自由に生きる意味を学んだ

どうも、にっしーです。こんばんは!

 

最近、仕事が忙しくて合間の時間にブログ書くようにしてます。

 

なんか、ブログで文章書くのって丁度良い気分転換になるんですよねー。割と好き勝手に文章書けるし、自分で何かを発信していく楽しさも感じれるようになりました。

 

さて、この記事ではまた猫について書こうと思います。

どんな事書くかというと、まあ、「猫を見て学んだ事」です。

 

猫を飼っているからわかるんだけど、猫から学ぶ事は凄く多いんですよ。

 

猫の1日

とある休日、僕はうちの猫2匹を1日中観察していました。

 

2匹とも朝は5時くらいに起きて僕を起こしに来ます。平日は4時半に起きる僕ですが、休日は遅くまで寝ていたい。。。そんな僕を起こして、ご飯を催促します。食事が済んだら用を足してお昼寝タイム、いや朝だから朝寝タイムでしょうか。猫が寝ている脇で僕はトイレ掃除をするわけですよ、やんなっちゃう(笑)

 

うちの猫は午前中は殆ど寝てるけど、午後からは起きてそれぞれいろんなことをしているようです。窓の外を眺めたり、高いところに上って部屋を見渡したり、僕の読書を邪魔したりなど。あと、お気に入りのおもちゃで遊んだりもしてますね。そして、夜7時くらいにご飯を食べ、そのままお休みモードに入ります。

 

でも、夜中の11時に1回起きて「にゃー!!(にっしー、遊んで!)」って言ってきます。人間の生活リズムに合わせてくれているんでしょうかねぇ・・・ちょっと遊んでやるとまた寝ます。結構自由で自分勝手ですよね(笑)

 

不自由の中で自由に生きる

上述のように、うちの猫は自由に生きているように見えるが、本当の自由の中にはいません。部屋という限られた空間の中で毎日同じご飯を食べている・・・野良猫のように自分の意思で自分の好きなところへ行って好きな物を食べる事もできません。異性にも出会えないんですね。

 

だから、不自由な中で生きていると言えます。野良猫から見たらうちの猫は自由を制限されていて不幸な人生を送っているように見えるかもしれないけど・・・でも、僕にはどうしてもうちの猫たちが不幸には見えないんですね(まあ、多少の不満はあるかも知れませんが 笑)。

 

なぜなら、自由というものは不自由な環境があってこそ生まれる概念であり、不自由な中でこそ自由に生きる喜びを感じる事ができるからだと思います。そして、猫は自由に生きる喜びを感じれる動物だと思います。

 

これ、個人的には凄く大事な事で、本当に自由な環境しかなかったら、そもそも「自由に生きたい」だなんて思わないですよね。自由に生きる喜びも感じないハズです。

 

うちの猫は不自由な環境に居ながらも好きな時にご飯を食べ、昼寝して、遊んで・・・と自由になる部分があります。そして、その中で常に自由を感じれるような工夫をしているように見えます。

 

例えば、昼寝する時にベッドの位置を変えたり、おもちゃの遊び方をいろいろ試してみたり。「今日はここが日当たり良いからここで寝よう」「今日はこのおもちゃをこっちにぶん投げてみよう。どうなるかな?」・・・そんな声が聞こえてくる気がします。

 

時々、突拍子もない事をするのもそういった工夫の結果なのかも知れません。今日は開いた扉のてっぺんにいて、丸くなってました。あんな細い場所で丸くなるなんて信じられないw

 

ツンデレで気まぐれな性格も「これだけは自由にやらせてくれ!」という意思、いや、本能の現れかもしれません。

 

 

僕ら人間にも、生きていく中で人間関係や仕事などどうしても自由にならない事は沢山あります。だからこそ、猫みたいにこれだけは自由にやっていく」という部分を持って生きていきたいですね。

 

最後に、自分でも何を書いているかよくわかんなくなってきた部分はありますが、僕は猫から自由に生きるコツみたいなものを学びました。自由に生きるにはある程度の縛りも必要。